日本憲法9条ピースウォークでの体験

アニセ助祭

 春らしい一日でした。3月11日姫路教会を出て広島から東京まで憲法9条を守り生かすために歩く九条ピースウークに合流しました。姫路駅の前で8時10分龍野駅行きのバスに乗りました。最初は一人でしたが、青山バス停でバスがとまり、外を見ると宮前さんと米田さん(飾磨教会信徒)の顔が見えました。二人との出合いは、不安だった私にとって心強く会話も弾み、そうこうしているうちにお寺に着きました。お寺には誰も居なく、その後、次々参加者が増え、お坊さんたちの姿も見えてきました。中には何人かの外国人も見えました。そして彼らと話してみるとみんなアメリカ人でした。一人は女性で、マサチューセッツのお坊さんでした。ヒップホップのミュジシャンの二人、元軍人ベトナム戦争に行っていたアレン・ミラーさんとイラク戦争に行ってきたアッシュ・ウイルソンさんでした。コンゴ人の私にとっても、また宣教師として日本で福音宣教する上においても、この憲法9条は素晴しいものだと深く感じています。そのために、龍野から姫路までのコースに参加することにしました。

私にとって、この9条ピースウォークにアメリカに住むアメリカ人たちが参加していることに疑問に感じ、彼らと共に歩きながら、自分の中にある疑問を彼らにぶつけました。彼らにとってなぜ日本の憲法9条を守ろうとしているのか、またはどうしてアメリカから9条ピースウークに参加しにきたのか。次々その問いをぶつけました。その問いに彼らも応え一人ひとりの体験に基づく話が聞けました。皆との分かち合いの中、日本、宗教、イデオロギーを超える話を聞くことが出来ました。

そして、話してゆく中で一致するものを発見しました。私たちは全世界の平和を期待し、憲法9条を中心にいつか世界中の各国が戦争をしないことになればどんなに幸せかという話につながってゆきました。

さきに、申し上げた通り平和について色んな話がありましたが、一つ聞いた証言をここで皆に伝えたいと思っています。イラク戦争に軍人として行ったアッシュさんの証言です。彼は現在27歳です。軍隊に入隊した時、このように思っていたようです。平和とは、『国家の平和であり、米国が正しく、イラクを悪だ』と、思っていたようです。そんな思いの中、彼は、実はカトリック信者であり、キリスト者だったのです。しかし、彼の彼女は宗教と関係のない人でした。2003年に、ブッシュ大統領がイラクはアメリカの敵と思い、軍人はアッシュさんも含めて多くの若者が、アメリカの正義を信じ戦争に向かいました。アッシュさんは彼女に「戦争に行くな!」と言われ続けたそうです。そして、当時彼女は戦争に反対していたグループに入り、運動をしました。それは彼氏が戦争に行かないようにでした。しかし、アッシュさんはそれにも関わらず、イラクに行きました。戦争はいい事だと思いませんでしたが、国家の平和を保つという価値観で、他国、いわゆる敵と戦争することが正しいという信念の中、彼女と喧嘩し、別れてイラクに行きました。戦争に行ってみると罪のない子供の命を奪ったり多くの地元の人々を殺したりしているのを目の当たりにしました。アッシュさんは整理できない大きな心の傷を負ったのです。何が悪で、何が善か分からない状態になってしまったのです。それがアメリカの現実だったのです。後に「無意味な戦争だった」とアッシュさんは気がつきます。そして、宗教を利用し敵対構造を作り、アメリカ軍はイラクで情けないことをし続けている現実に気づいたのです。アッシュさんはアメリカに帰って兵士を辞任しました。キリスト者だったアッシュさんは自分の宗教の興味をも失いました。キリストは嫌いという訳ではありませんが、アメリカの権力者に利用されている宗教というイメージを持ち、彼自身が「平和は宗教から来るものではない」と思うようになりました。イラクの戦争で自分がしてきたことを恥ずかしく思い、誰とも話したくなかった。その内に元彼女と出会うと戦争の体験、イラクの戦争の前の状態と戦争が始まった後の状況をも全部彼女に伝えました。彼女の反対したことを彼自身が実感したのです。今、彼は、その彼女と結婚し、イラクの戦争に反対するグループをも作ってこれから平和のために働こうと思っています。

このような話をした上、考えさせられることがありました。まず、人間の持っている善と悪≠フ意味。同時に、善の怖さをも感じました。皆の中にあることだと思います。自分の思っている善≠ニいうもの。そして他人と意見が会わない時。他人を悪≠ノさせる傾向があります。戦争は人間の心の中から起こると言っても言い過ぎではないと思います。また、戦争史を見ていくと、確かに歴史は繰り返すという感をもたざるをえない。生き残るためには、戦わねばならないということで戦争に立ち向かうのです。しかし、戦争が起こった途端、自らも困苦と死を受けたように、それと同じ苦しみや死を、他国の人々に味わわせることも避けられません。ここで、国際の平和及び安全は他国すなわち隣国、全世界のことも考えることが何より大切だと思います。それで形に表れた日本憲法9条ピースウークは私にとっても全世界においても闇の中から現れた光のしるしとして見出しました。

教会ニュース「風」4月号 巻頭言より