まず、ここで「教会」という言葉の説明をします。多くの人は「教会」というと建物をイメージすると思います。
しかし、キリスト教が示す「教会」の意味は違います。教会の語源は実はギリシア語でエクレーシアといい
「集会」を意味しています。その「集会」とは、キリスト教の信仰を持つ人々の共同体および
総体を指しているのです。さらに深めると「イエス・キリストの使命を継続させる」目的を
持ったものが集まり、その精神を持って人生を歩もうとする人々の総体を意味します。
しかし、これだけでは個人の思いつきでキリストを理解し歪めたり、狭く考えたりする人が現れます。
また、歪んだ理解を流布する人も現れます。教会は、分裂や争いの中で2000年にも及ぶ
歴史の中での経験から、イエス・キリストのメッセージを十全に、また正確に伝えるため
「公」の指針が必要になり、その一致点となる「公」の教えを模索してきました。
そのために幾度も祈りを元にした会議を繰り広げ、歴史の中で特定の聖書の正典、
典礼、教理、規律ないし法的規範、組織、職制などが生まれ、この世の中でのキリストの
使命を果たすための教会組織を築きあげてきたのです。
現在は1962〜1965年にあった第2バチカン公会議の精神に基づいて教会は歴史を歩んでいます。
キリスト教会は歴史の中、カトリック教会、東方教会、聖正公教会、プロテスタント教会諸派と
考えの違いから分裂を繰り返してきました。しかし、現在、分裂から和解への動きが活発になっています。
分裂後、それぞれの歴史を歩む中、積み上げられた信仰の宝を互いに尊重しながら
対話によって一致しようとする働きが起こっています。
また他の宗教(ユダヤ教・回教)との対話、歴史の中でのキリストの精神を逸脱した行動
(十字軍派兵など)についての謝罪をしています。
カトリック教会は、「公」にこのような和解の運動を使命としているのです。
さて、カトリック教会の組織として、イエスの弟子であった使徒ペトロ以来、
約2000年近くの間、教皇を最高指導者としておいています。
歴史の中、264人の教皇(現ベネディクト16世)が、この責務を担ってきました。
また、この指導者は世界に対して影響力があり、聖書の中の福音書に示されたイエス・キリストの教えと、
これまでの伝統的教えを保持し、世界の平和、すべての人の救いを願う使命があり、
そのために世界のさまざまな問題に対して教皇は、カトリック教会の指針を世界に発信し続けています。
そして、日本の教会も、その指針を元に、各地にいる司教がその教えを歪めないように保持し、
地域(教区)の教会の信者に、その精神を広げ、地域に適応して、キリストの使命を果たしてゆく組織を
形成しているのです。実は、その繋がりの中に、このカトリック姫路教会も存在しているのです。